今、こうしてドリスのことを思い出すだけで
涙が出てしまいます。
でも、ここを訪れて下さった方に
ドリスのこと、そして病院選びのことを
少しでも知って頂きたく、書いています。
2006年6月6日のことでした。
その日も元気にお散歩に行き、私が帰宅すると甘えて飛びつきました。
一緒にボールで遊びました。
大好きなグリニーズをはむはむ食べてました。
「暑くなってきたからちょっとバテたかな」と
軽い気持ちで連れて行った病院で
一本の注射を打たれ
「子宮蓄膿症だから明日手術」との診断を受けましたが
手術に納得がいきませんでした。
確定的な診断もされていなかったので
レントゲンを撮って頂き帰宅しました。
その後
夜中に嘔吐し、痙攣し、容態は急変したのです。
すぐに獣医に電話をし、夜中に連れて行ったとき、
夕方撮ったはずのレントゲンを見せて欲しいとお願いしました。
「半分切れてたわ。白いものがなんとなく写ってたから
たぶん子宮蓄膿症だねぇ」
たぶん?
そんなことで確定診断ができるのでしょうか?
そんなことで手術が決断できるのでしょうか?
注射の内容の説明を求めましたが
説明よりも
「毒が回るかもって思ってたんだ」と。
何それ?
おまけにプロである医師が撮った写真が半分切れてて
撮り直しもせずに・・・
それでも決まっていた翌日の手術ですが
急を要するならなぜその時してくれなかったのか。
ご夫婦だけで獣医さんを営んでおられて
朝になるまでスタッフの到着を待つ必要などなかったはず。
立会いも拒否され、手術の開始時刻も言われず
質問してもはっきりした答えは頂けず
夜中そのまま帰途につき、祈る気持ちで待ちました。
朝になり「手術が終わったから食欲しだいで回復できるね」
との電話で安心していましたが
夕方見に行ったら呼吸も荒くあきらかにおかしい。
獣医さんに詰め寄っても
「そういう子もいますから大丈夫ですよ」という答えで
私にはケージの向こうで荒い呼吸をするドリスの手を握り
励ますことしかできませんでした。
そして翌日の朝8時に「だめだった」との報せ・・・
急いで病院に向かいました。
私と母は一刻も早くドリスに会いたかった
なのにまずお金の精算を要求され(25年も通った獣医です)
「早くドリスにあわせてください」とお願いすると
B4サイズほどの箱に、7.5キロもあるドリスをを
ぎゅんぎゅんに折り曲げて入れてあり
それを床に投げるようにぽんっと置かれました。
母が「何時ごろに亡くなったのですか?」と聞くと
「夜中は呼吸があったんだけど朝見たら死んでたねぇ」と言われ
「手術は何時間だったのですか」と聞くと
「一時間ぐらいかな」と
手術後の段階で
「子宮が破裂してないから大丈夫」とのことだったのに
すぐに死んだことに対しては
「破裂してなくてもこうなることもあるからねぇ」って。
手術をしたばかりで、それもあんなに呼吸のおかしい犬を預ってるのに
「朝見たら死んでた」ってないでしょう?
夜中に見ててくれなかったんでしょうか。
手術も一時間ですむようなものなら
そんなに大手術ではないはず。
家族が待っててもいいはず。
それに、あんなに小さい箱に二つ折りにされて入れられて・・・
家に帰ってドリスを出してあげるとき 箱を破らないと無理なほどに。
きちっとした病状説明に確定診断
そして治療法の選択や説明なんて何もなかった。
ダメならダメで夜中に電話くれたらかけつけた。
いっぱい抱いてやりたかった。
「朝見たら死んでたねぇ」
その言葉で悔しくて哀しくて腸が煮えくり返りそうでした。
ちいさなちいさなお骨になって
まんまるだった頭はそのままの形で残っていて
荼毘にふした後、私は骨壷を抱きしめて思い切り泣きました
何度ごめんと言っても言い足りない
「絶対守ってあげるからね」って言った約束は果たせなかった。
守ってあげられなかった・・・
ちゃんとした病院にかかっていたら
落とさなかった命だと思います。
仲良しさんからお花がたくさん届き
棺の中もドリスの写真も
お花に埋もれそうでした。
本当に有難く思いました。ドリスはこんなに愛されていたなんて。
ほんとうに幸せな子でした。
ご近所さん、職場の同僚、そして天才くんや天才家の妹さん
大切な時間を割いてかけつけてくれました。
みんなにお別れしてもらって
涙してもらってたくさんたくさん撫でてもらって旅立ちました。
今でも朝「行ってくるね」って 声をかけると
いつものように玄関にお見送りにきてくれそうな
そんな感じがします。
犬だって一生懸命生きてるんです。
大切な命なんです。
かけがえのない家族なんです。
どれだけ納得がいかなくても
私のドリスはもう帰ってきません・・・
クレアとシェンナにもうそんな可哀想な思いはさせたくありません。
もちろん、獣医は変えました。
お寺に行くたびにドリスに語りかけます
「いつも一緒だよ」って。